アトキンソン時計台【クロックタワー】コタキナバル市内

アトキンソン時計台1

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今から100年以上前、日本は明治時代後期、コタキナバルはジェッセルトンという地名でした。ジェッセルトンはイギリスの統治下におかれ、フランシス・ジョージ・アトキンソン氏が初代地区局長でした。アトキンソンは28歳の若さでマラリアに倒れ、彼の母により死を悼しみ時計台が建てられました。1902年着工し、1905年に完成したアトキンソン時計台は、一時は街の灯台の役目も担い、100年以上、街を一望できる岡の上から、コタキナバルの街の変化を眺めてきました。
第2次世界大戦では、ジェッセルトンの全ての棟が消失した中、サバ州観光局と並び、戦火を逃れた貴重な建造物の1つです。以前はコタキナバルの建物も低く埋め立ても進んでいなかったため、海岸線に程近かったこのアトキンソン時計台は灯台のコタキナバル沖を行きかう船の目印となる灯台の役割も果たしました。

【場所】
コタキナバル市内、スリアサバショッピングセンターから徒歩10分。サンデーマーケットが行われるガヤストリートから山側の大通りを横断し、すぐ。


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